
遺伝子情報について
ヒトゲノム計画によって、西暦2003年頃にヒトの全ゲノム(DNA遺伝子配列)が明らかになりました。それによって、ヒトには約60億個の塩基対DNAがあり、そのゲノム上に約2万5000個の遺伝子(タンパク質を作ることのできるゲノム配列)があることが分かりました。この成果によって、個々の体質、疾病リスクなどさまざまなことが予測でき、病気の診断や治療に大きく役立つことが期待されております。けれども、もし私たちの一生が遺伝子のプログラムだけによって生まれた時から決められているとしたらどうでしょうか。遺伝子の勉強をしたことがない方であっても、「私たちの人生は遺伝子のプログラムによってのみ支配されている」という考え方は極端であることは感覚的に分かるでしょう。似ていない双子
一卵性双生児は同じ遺伝子を持っているのでとても良く似ています。特に幼児期は家族でも見分けがつかないほど似ているのではないでしょうか。けれども、双子であっても成長するにつれて少しずつ外見の違いが出てきます。また、能力的にも学習の度合い、運動神経、趣味などが異なったものとなります。いくら同じ遺伝子を持っていても時間経過と共に内面的にも外面的にも違いが出てきます。
遺伝子の書き換え
「エピジェネティクス」という概念は、1942年に英国の学者が提唱したと言われています。非常にざっくりとした説明になりますが、述べたように私たちの細胞には遺伝子があり、そのプログラムに従ってタンパク質が作り出されて生命活動を行っています。けれども、時間が経過するに従って、細胞や固体の形態や機能が変化してきます。細胞レベルではES細胞やiPS細胞を考えてみても、細胞の分裂、成長に伴ってさまざまな種類の細胞に分かれることができるのです。 個体レベルでは、双子の例のように体質や外見が変わってきます。特に環境要因によって、遺伝子(DNA)はメチル化という修飾を受け、ヒストン蛋白もメチル化、アセチル化、リン酸化などの多くの修飾を受けます。それは、まるで遺伝子が書き換えられているようです。このように、本来持っている遺伝子のプログラムに環境などの外的要因が関係して、遺伝子の書き換え(DNAのメチル化やヒストン蛋白の修飾)が起こり、細胞や固体が変化をしてゆくことが「エピジェネティクス」の概念の一つであると考えても差し支えないと思います。食事とエピジェネティクス
私たちの健康に影響を与えているものに食事(栄養素)があることは疑いようのない事実です。この食事も環境因子として私たちの遺伝子に多きな影響を与えています。食生活は、私たちの嗜好に関係していますので、ある特定の栄養素を長期的に摂取することによって、DNAのメチル化などの遺伝子の書き換えが起きてきます。遺伝子の書き換えまではいかなくても、脂質、たんぱく質、糖質などの栄養素が私たちの遺伝子のON/OFFのスイッチに直接作用していることも多く報告されています。
ですから、コーヒーを飲む習慣や、特定の食材を食べ続ける習慣が環境因子となって、私たちの遺伝子情報に変化をもたらし、ひいては健康状態を決定づけることも充分にありうる訳です。
食事とは異なりますが、ストレスなどの環境によっても遺伝子の書き換えは起こります。ですから、大きな心理的ストレスによって引き起こされた心理的な外傷(PTSD)は単に心の問題だけではなくて、実際に遺伝子が記憶して、その人の生活に影響を与えているのです。このように自分の健康を考えた時に、毎日の生活習慣が遺伝子レベルにまで影響を与えていることを考える時に、少しでも良い習慣を身に付ける動機にもなるのではないでしょうか。参考資料: 「驚異のエピジェネティクス」中尾光善著 羊土社 「遺伝子制御の新たな主役 栄養シグナル」実験医学増刊 羊土社